2020 表紙と感想


冊数
書 籍 名
感  想


 これまでに何冊か古事記関連の本を読みましたが、最も分かりやすく、著者の理解の深さを感じる本でした。出雲神話を中心に、口語訳された古事記の内容を示し、その解説文を掲載する形で書かれています。私とっては、“かゆいところに手が届く”的な感覚でした。たとえば、神武天皇即位が、なぜ2600年も昔に設定されたのか、欠史八代の天皇はなぜ生まれたのか、古事記と日本書紀の違いはと「記紀」と表現してしまったことの弊害、古事記には出雲神話が多くを占めているのに、日本書紀にはなぜ出雲神話があまり記載されてないのかなど。単なる古事記神話の内容だけでなく、歴史的な見解も述べられています。また、この本は、元々は2012年に書かれた『あらすじで読み解く古事記神話』の文庫化にあたり加筆された部分が多数あり、令和元年の天皇の即位や、女性天皇のについては新鮮でした。そんな中で、女性天皇について、そもそも天皇家の祖先神アマテラスは女性ではないか、という投げ掛けは面白かったです。





 渋沢栄一は埼玉出身でありながら、その生き様について詳しくは知りませんでした。来年の大河ドラマで放映されるということで先んじて読んでみることにした次第です。上巻では幼少から青春そして30歳代くらいまで、幕末から明治の維新真っただ中までが書かれています。元々は養蚕などを営む農家に生まれ、藍の売り歩きで商売を学び、幕末においては攘夷運動にも参加していました。ところが、あの徳川慶喜の一橋家に仕官することになって人生が変わっていきます。元々時節を読む能力があったのと、体力もあり頭もよかったようです。そして、パリ万博の使節団に慶喜の弟が派遣されるにあたり、慶喜から旅程の裏方をおうせつかります。このことで幕末から維新にかけての約3年間をヨーロッパで過ごすことになります。大政奉還が行われたとき、渋沢栄一はフランスにいました。この欧州での見聞と知識が後の渋沢栄一の偉業に影響を与えたことは間違いありません。欧州から帰った後、一旦は慶喜のもとで過ごそうとしますが、世間が放っておきませんでした。その欧州見聞の知識と事務能力を買われ新政府の中枢で政府の根幹となる法令や銀行創設などの政策にかかわります。しかし、元々民間で殖産興業に尽力したいという希望をもっていたため、上司の井上馨の辞職に呼応し政府を辞任してしまいます。すると今度は、自ら基礎を作った国立第一銀行を任されることに。上巻で、渋沢栄一が日本の産業の基礎を築いた経緯が少し分かったような気がします。






 明治維新のどさくさ、役人を退職し第一国立銀行頭取になってからのすさまじいまでの起業活動。銀行だけでなく500を超える様々な事業団体を立ち上げ、昭和6年92歳でこの世を去るまでの半生が描かれています。日本の産業の基礎を築いたといっても過言ではないでしょう。その役職たるや、今では考えられない、どうやってこなしていたのかと思われるほどの多くの役職を兼任していました。渋沢栄一の信念には、個人の利益ではなく日本国を世界に肩を並べる国にして国民を幸せにすることにあったようです。儲けようと思っていれば、莫大な財産を築けたはずであり、財閥に名を連ねたでありましょうが、そうではありませんでした。時代背景もありますが、このような人物は二度と現れないだろうと思います。また、この小説は産業界からの視点で書かれているところがあり、私には興味深かったです。例えば、岩崎弥太郎が作り上げた三菱は、海運業で大きくなりましたが、そこには壮絶な値下げ合戦の末の勝利の結果勝出会ったとか、西南戦争がさらに追い風になったとか、など。明治の頃は、国が事業を立ち上げ、民間に委譲した事業が意外と多かったなど。





 幼馴染の敦賀崇史と三輪智彦、二人は総合コンピュータ会社のバイテック社に入社、そして同社が経営するMACという専門学校で記憶にかかわる研究をすることになる。ある時、崇史は智彦から恋人津野麻由子を紹介されるが、麻由子は、かつて崇史が通勤時に並行して走る電車の窓から見かけ、恋心を抱いた女性だった。ここから、3人の恋物語が、パラレルに語られていく。二つの物語は、3人の関係が違っていることから、別の物語のように感じるが、実は時間をずらして語られていることが徐々に分かってくる。なぜ違ってしまったのか、その謎が読み続けていくうちに解き明かされていく。そこには、智彦がMACで研究していた記憶に関する大発見がかかわってくる。そして崇史と智彦の友情と麻由子に対する複雑な恋心があった。この作品、表現方法がパラレルワールドではあるが、内容的にもミステリーとラブストーリーのパラレルワールドではないかと感じました。やっぱり東野圭吾はおもしろいです。




 第2巻を読んでから1年5ケ月が経過しての第3巻、内容を忘れかけていました。第3巻では、時町見初(ときまちみそめ)が出雲にある人間だけでなく妖怪や神様も宿泊できる「ホテル櫻葉」に就職して1年が過ぎ、仕事にも慣れ、従業員やお得意様の顧客とも打ち解けているなかで、少しづつ登場人物の背景が明らかになっていきます。ホテルで働く人間は、ほとんどが陰陽師の家系を持つものばかり、普通の人はいないといってもよいでしょう。見初も、本人は知らなかったのですが、ホテル櫻葉に就職して、不思議な従業員たちや妖怪と仕事をしていく中で自分も陰陽師に関係がある家系であることに気づいていきます。そして、同僚の椿木冬緒とともに、彼も陰陽師の家系の人間ですが、見初めの実家に里帰りします。そこで見初の陰陽師の家系の状況が少しづつ明らかになり、これから何やら事件の予感を抱かせます。ほのぼの系の小説ですが、その中にちょっとミステリ―っぽさがあり、安心して読める小説です。




 3巻に続き連続して読みました。4巻では、ホテル櫻葉に訪れる人間のお客や人間でないお客とのかかわりあいの話が4話納められています。1話は、陰陽師の家系で特に力の強い4つの家系「四華」の一つ蓮沼家の人々の話。蓮沼家には、元山の神である天狗の貴時が仕えています。2話は人間と将棋やチェスで勝負をし続ける死神の話。そこには切ない恋物語と死神と人間のちょっといい話。3話は、人間との約束を果たすために自らを呪縛してしまう幼そうに見える山の神の話。4話は狐と狸のいがみ合いの歴史と打ち解けあう話。狸がその正体を隠して狐の好きな稲荷ずしの食堂をいとなんでいます。なんせ霊力をもった人間と妖怪や神様の話なので、何でもありのファンタジーといったところでしょうか。




 ピカソの「ゲルニカ」とは、空爆を受けたスペインの町ゲルニカの惨状を描いたものであることは何となく知ってはいましたが、この本を読んで、ゲルニカのが描かれた意味、ピカソの思いを改めて知ることができました。
 本書は時代を隔てた二つの物語が並行して進められます。一つはゲルニカが描かれた第二次世界大戦の頃、もうひとつはニューヨーク同時多発テロが起きた現代。70年を隔てた物語は、「ゲルニカ」を中心にシンクロしていきます。「ゲルニカ」が描かれたのは1937年、ピカソの故国であるスペインの街ゲルニカへが無差別攻撃を受けたことに怒りを込めて一気に書き上げたもの。その問題作ゲルニカの数奇な運命が語られます。一方、ニューヨーク同時多発テロで夫を亡くしたMoMA(ニューヨーク近代美術館)でキュレーター(企画者)を務める八神瑤子が、テロとの戦いとして戦争を起こそうとするアメリカに対し、反戦の意思表明としての展覧会「ピカソの戦争」を企画、そこに不可能と言われたゲルニカの展示を企てる。果たしてゲルニカを展示することはできたのか、最後はサスペンス的な展開にもなっています。解説は池上彰さんによって書かれていて、池上さんも書いていますが、本書はアートはどれだけの力があるのか、戦争を阻止する力を持っているのかを問いかけているようです。





 この作品、直木賞受賞作品です。家族にまつわる6つの短編集。様々な家族の生き様、関わり合いから将来に向かって何かを信じ生きていくことを語かたりかけています。
 一遍めは、題名にもなっている「海の見える理髪店」結婚を控えた主人公の男性が、田舎の理髪店を尋ねる。店主はやけに饒舌で人生を語り続ける。そこには語り続ける理由がありました。二編目は「いつか来た道」、折り合いが悪い母と娘の話、16年ぶりに実家を訪ねた母親は痴呆症に・・・・。三編目は「遠くから来た手紙」、結婚三年、夫と姑との生活につかれ実家に帰ったもののそこには弟夫婦がおり居場所がなくなっていた。隠しておいた結婚前に夫とやり取りした手紙を処分しようとするが・・・・。四編は「空は今日もスカイ」、主人公は小学3年生の茜、両親が離婚その後父親は亡くなり母親とともに親戚の家に身を寄せるが、いずらくなり家出して海に向かう。途中、親の虐待から逃げてきた12歳の少年と出会い一緒に「海の家」を目指すが海の家はない。そこでホームレスに助けられ一夜を明かすが・・・。五編は「時のない時計」父親の形見に動かなくなったブランド品の腕時計を商店街の時計屋に修理を依頼する。時計屋の店主にも時計にかかわるエピソードがありました。最後の六編は「成人式」、高校生だった一人娘を交通事故で亡くて5年、ふさいだ生活をおくっていたが、娘あてに成人式の晴れ着のカタログが届く、なんと二人で成人式に出ることに、自虐的でもあり喜劇的でもあり、心温まりました。




 題名は「虹を操る少年」ですが、内容は「光」を操るといったほうが妥当ではないかと思える内容でした。主人公である白河光瑠(みつる)少年は、生物が発する光を見ることができます。そして自らもメッセージとしての光を発することができます。本来誰にでも備わっている能力ですが、光瑠は特にその能力に優れ、その光から気持ちや感情を読み取ることができます。この光は、いわゆるオーラと呼ばれるもので、歴史上にその能力に猛けた人たちいがいました。いわゆる宗教の教祖となった人たちです。確かに、キリストは光に包まれ、仏像は後輪を背負っており、人々の放つ光から話を聞かずとも考えていることや悩みが分かり、人々を救えたと考えると納得がいきます。そんな能力を持った光瑠は、こうした能力を人々に引き出させようとします。光によるハーモニー、音楽ならぬ、「光学」で語り掛けます。それは病みつきになり、一種の「麻薬」的効果があります。その能力を利用しようとする「組織」、壊滅させようとする「組織」、光瑠に危機が迫ります。最後は、人類はどうなっていくのだろうかという想像を掻き立てるものになっています。東野さんの想像力はどうなっているのかと驚かされます。



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 久々に関さんの新刊を発見、即買いしました。関さんの古代史の謎解きシリーズの本は何冊か読みましたが、今回の本は、古代史に関心のある方が古代史を学ぶための案内本という感じです。歴史を解き明かすことを主眼に置いたものではなく、自らの体験を交えて、気楽に古代史を楽しんでもらいたい、という関さんの思いが感じられます。これまでの本に比べ、肩意地をはらずにのびのびと書かれている印象を受けました。
 古代史を解き明かすことは「日本書紀」を解き明かすことからはじまり、藤原氏の思惑、邪馬台国の謎、蘇我氏/聖徳太子の真実、親蘇我派と反蘇我派の勢力争い、天皇の正体は、出雲神話は何だったのか、天照と伊勢神宮、纏向遺跡の史実と日本書紀の記述との矛盾、尾張はなぜ日本書紀に登場しないのか、などなど、興味はつきません。古代史は面白いです。



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 帯に『映画化決定』と志村けんさんの写真が掲載されていますが、残念ながら先日新型コロナウィルスに感染し亡くなられてしまいました。感染する前に購入していたので、驚くと共に残念でなりません。ご冥福をお祈りします。
 都市開発企業につとめ、女性課長としてシネコンを作ろうとしていたアラフォーの円山歩(まるやまあゆみ)、会社でのトラブルから辞表を提出、その日に映画好きでギャンブル好きの父親(円山剛直80才)が心臓の手術をすることに。父親は、若い頃から、友人であるテラシン(寺林新太郎)の経営する町の小さな映画館で映画を見続け、ノートに映画の感想を書き綴るほどの映画好きです。たまたまそのノートを見つけた歩がそこに好きな映画の感想を書き加えると、その感想を父親が雑誌「映友」のブログに投稿、何とその投稿から編集者として採用される事になってしまい、ここから思いもよらない展開となっていきます。歩が勤めることになった「映友」は、個性あふれるたった4人の従業員からなる映画雑誌の出版社。そして歩が入社したことで新たなブログの企画をはじめることに。キネマの神様に対し、歩の父親が映画評論を書き綴り奉るというブログ。なぜ歩でなく父親なのか、企画したのは映友の編集長である高峰さんの息子、引きこもりであり有能なハッカーでもある。このブログが大当たりとなり人気をはくす。するとアメリカに移住した歩の元同僚が英訳してアメリカで発信、国際的な展開へと広がっていく。そこに『ローズ・バッド』なる謎の人物が、ゴウ(父親)の映画評論に対して楯突くようなものすごい含蓄のある書き込みをしてきた。二人にやり取りを繰り返し続けるうちに友情めいた感情が湧き上がる。そんな中、ローズ・バッドの書き込みが突然途絶える。ローズ・バッドとは誰か、その後どうなっていくのか。最後は「キネマの神様は存在する」、そんな風に思える、ユーモアあり、感動ありの内容でした。
 本文で語れる父親、そしてローズ・バッドの映画評論の内容がすばらしく、原田マハさんの文章力にも感動です。
 おそらく志村けんさんは、父親(丸山剛直)役、適役であったと思います。志村さんが亡くなられて残念ではありますが、映画の公開が楽しみです。


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 かけがえのない娘(長峰絵摩)を不良少年に強姦されたあげくに殺された父親、長峰重樹。謎の密告者から犯人のアパートの住所を知らされ、そこで、強姦される娘のビデオを見てしまう。犯人は二人、そして帰宅した犯人の一人を無残に殺害し、もう一人にも復讐することを決意する。
 ビデオには二人の少年が写っていたが、拉致した時にはもう一人共犯者がいた。しかし、強姦、殺人には関与していない。ただ、手を貸したのは事実であり、姿をくらました主犯恪の仲間からおどされる。
 長峰は、もう一人の犯人の居場所を聞き出し長野へ向かう。長野で宿泊したペンションの従業員の女性が、殺人犯と気づきながらも協力する。しかし、もう少しのところで警察に先を越されてしまう。あきらめて自首を決意するも、また謎の密告者から、犯人が上野駅に現れるとの連絡があり、最後のチャンスと上野に向かう。警察も取り逃がしていたのである。
 娘を殺された父親の心境、強姦殺人に手を貸してしまった仲間の心理、強姦殺人犯の少年とその犯人に娘を殺され犯人の一人を殺した父親との両方を追う警察の葛藤、そして殺人犯と知りながら助けてしまうペンションの女性の本当の気持ち。全体を通して、少年法を元に、正義とは何かが問われているように思いました。
 最後は、やはりどんでん返しがありました。大きなどんでん返しではありませんが、東野さんに騙された、というような感じです。一部読み直してしまいました。
 「さまよう刃」という題材から、復讐に燃える殺人鬼と化した犯人が登場するのかと思いましたが、そうではありませんでした。さまよっているのは犯人を裁く人あるいは方法であるように思います。


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 金継ぎ(きんつぎ)とは、割れてしまった茶碗などの陶器や磁器を漆を使ってはりつけ、元の形に直すこと。美術品などの修復とは異なり、はりつけた跡を残すことによって、新たな器としてスタートさせるものなのだそうです。
 そんな金継を行っている千絵さん、80過ぎのおばあちゃんである。今は東京の大森で娘の結子、孫の高校2年生真緒の3人で暮らしている。結子はホテルのコンシェルジェをつとめており、短期間ではあるが金沢のホテルへ単身赴任中。真緒が3歳の時に離婚している。千絵は戦時中、飛騨高山の漆器店である母型の実家で15歳まで過ごし、そこで祖母から金継を教わった。友人の茶碗を直したことをきっかけに本格的に再開した。
 進路に悩み始めた真緒が金継に興味を持ち手伝い始める。ある時、真緒が引き出しから漆塗りのかんざしを見つける。これは千絵が、高山を去る際、同級生である漆塗職人の子供、修次からもらったもの。千絵にとっては心の支えになっていた。これをきっかけに、二人で高山に旅行することになる。既に実家はないが、懐かしい人との出会いやがあり、思いがけず修次の消息を追う展開になっていく。
 女性3世代それぞれの思いがしみじみと語られ、サブタイトルにあるように暖かい。生きていく中ではいろいろなことがある。その時にはつらかったり悔しかったりしたかもしれない。そうした人生の機微が、かつてのそして現在の漆職人を通して、3世代の女性を通してほのぼのとした感動の物語となっている。将来に悩む真緒が進路をどう決めていくのだろうか、本文には語られていないが想像をしてしまう。


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 結婚を間近に控えた高之と朋美、式を挙げる予定の教会からの帰り朋美が車ごと崖から落下し亡くなってしまう。死因に不審な点はあるものの居眠り運転というこで処理される。
 3か月後、高之は朋美の両親から別荘に誘われる。朋美は亡くなったが、恒例の避暑を別荘で過ごす行事に誘われたのである。そこには、朋美と関連のあった人たち両親を含め8人が集まった。ところが、そこに銀行強盗犯の二人組が侵入してくる。さらに、8人のうちの一人が殺される。犯人は誰なのか、強盗犯を含めての犯人探しが始まる。別荘で起きた殺人事件、強盗犯を含め、犯人はこの中にいる。犯人はいったい誰なのか、なぜこんな状況で殺人事件が起きるのか、強盗犯たちはどうなるのか。ドキドキワクワクの中、最後に大どんでん返しが待っている。想像を超えるものであり、楽しく読むことができました。やはり東野さん作品は面白い。ただ、そんなにうまくいくものかとも思えるところはありました。



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 神様が出張中で、代わりに神様のコドモが人間界を眺めているというか、監視しているというか、そんなシチュエーションです。神様ではありますが、まだコドモであるため人間たちの過去は見えても、将来は見えないのだそうです。そうした神様のコドモが、人間界にコドモながらのちょっとしたいたずらをしたり、同情したりといった、ショートショートの物語がつづられています。すべてが神様のコドモの話かと思うとそうではなく、神様のコドモが出てこない物語もあります。世の中のあるあるだったり、神様視点の内容だったり、ブラックユーモアあり、ホラーありと多岐にわたっています。うなづけるものあり、共感するものあり、中には、私には何が言いたいのかよくわからないものもありました。飽きることなく最後まで読み切ることができました。




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 強盗殺人を犯した兄を持つ武島直貴を中心に、犯罪者を家族に持った人間とその周囲の人たちの心理、人間模様が語られています。
 題名の「手紙」は、弟を大学に行かせたいという一心から罪を犯してしまった兄、剛志の獄中からの手紙として始まります。直貴は逆境の中、苦労して通信制の大学に入り、通学制に編入し、卒業、就職を果たします。しかし、強盗殺人を犯した兄を持ったことで、様々な苦労の連続でした。やりがいを見つけたバンドからの離脱、最愛の恋人との若れ、就職先での不当な異動など。そうした生活の中でも、同じような境遇の女性と出会い、家族をもつことになります。自分のことなら耐えられるが、家族のこととなると耐えがたい。いったい誰を憎めばよいのか。そうした状況下での心境が切々と伝わってきます。恨むべきは何なのか。一方で服役中の兄の心境、直貴の周りの人たち、友人、上司、恋人などの心理状況や言動が語られます。最後には、被害者の家族の心情も語られ、もう一つの手紙が明らかになります。罪を犯したものはどう償うべきか、その家族はどうあるべきなのか、周囲の人たちはどう接すべきなのか。もし、自分がその人たちの立場だったらどうするだろうと思うと、なんとも言い難いです。今、平穏に生きていて、そのような境遇になっていないことを幸せに思わざるを得ません。非常に重い内容でした。もう一つの側面として、女性の強さも描かれているようにも感じました。



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 ある作家が自らが書いた推理小説の主人公の探偵、天下一にすり替わり、不思議な世界に迷い込む、そして難解事件事件を解決していくというストーリー。不思議な世界とは、歴史がなく、ミステリー小説という言葉もないという町。それは、ミステリーを封印してしまった世界であった。
ある作家とは、東野さん自身のことであり、東野さん自身のミステリーに対する訣別の決意のように感じられます。実際に決別したとは思えませんが、いろいろ悩んでいたのではないでしょうか。ですから、名探偵とは、東野圭吾さん自身で、作家、東野圭吾の呪縛、ということのようです。




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 「名探偵の呪縛」に続いて、「名探偵の掟」、こちらは短編集ではありますが、名探偵、天下一大五郎と凡庸警部の大河原番三がほぼ一貫して登場、天下一が事件の謎解きをする形をとっている。ただ、ここ書かれている物語は、他なるミステリーの謎解きではなく、作者目線、読者目線、読者はただの読者ではなくミステリーに詳しい読者を想定している。そうした視点で、いわゆる古典的なミステリーのトリック手法、密室殺人ダイイングメッセージ、童謡殺人など、を批判するような、解説するような、一風変わった内容となっています。東野さん自身の思いを語ったものなのか、読者に対する警告なのか、あるいはメッセージなのか。少なくとも東野さんのミステリーに対する思いが語られれているのは事実のようです。解説によれば、この本が書かれたのは1996年、この後、東野さんは古典的なミステリーから、東野さんならではの推理小説を発表しているようで、作風の変化のきっかけ、あるいは浅間であったのかもしれません。



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 デトロイトといえば自動車産業の中心都市です。そんなデトロイトに不況の波が押し寄せ、デトロイト市の財政が破綻してしまいます。そんな、デトロイトにある市立のデトロイト美術館、ゴッホ、ピカソ、そしてセザンヌなど世界有数の名画を収蔵しています。財政破綻に伴い、市民の年金補充などのためにこの美術品をオークションにかける話が持ち上がります。一方で、市民の宝でもある美術品の散逸を食い止めるべきとの意見もあります。市民の救済と美術品の保存、どうしたら両方を可能にすることができるか。それを両立させてしまったことが題名にあるように奇跡なのです。実際に起きたデトロイト市の財政破綻と美術品の維持について、事実をもとに書かれた物語。登場人物はほとんどフィクションのようですが、原田マハさんならではの感動の物語となっています。




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 完全自動化された工場で、ロボットの誤動作によって管理人が死亡するところから物語は始まります。そのロボットの名前はナオミ。
 ロボット開発エンジニアである末永卓也は、苦労の末大学を卒業し一流会社MM重工に就職する。そして、創業家一族に取り入るべく画策を行っていくが、創業家にも複雑な後継ぎ問題があり、思いがけず殺人事件に加担することになってしまう。それは、アリバイ工作のために死体をリレー運搬するというものでした。ところが、運ばれてきたのは、殺人事件を計画した本人。誰が殺したのか、真犯人は誰なのか、そして第2の殺人事件が起こり、末永も命を狙われ、逆に殺人を犯してしまう。警察の捜査が徐々に真相に近づいていくなかで、登場人物の心理戦が面白い。題名になっているブルータスとは末永が開発したロボットの愛称であることが最後になって明らかになるとともに、意外なところに犯人が潜んでいた。
 ブルータスの心臓、とは何を意味するのか、それはやはり人間のことのように思います。東野さんの思いが感じられる気がしました。




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 五木寛之さんの本を読むのはこれが初めてです。約20年前の1998年に出版され、最近またブームになっているということで読んでみることにしました。内容は小説ではなく、五木さんの思いを綴ったエッセイです。
 冒頭いきなり、「これまでに2回自殺を考えたことがある。」という書き出しで始まります。終戦を現在の北朝鮮ピョンヤンでむかえ、我々の想像を超えた悲惨な状況を乗り越えて引き上げてきたという経験をもち、その内容には含蓄があります。「人は死ぬために生まれてくる。生まれた時から死ぬことを義務付けられている。」といったことや、日本人の宗教観、親鸞、蓮如の教え、現代(20年前)の世相感、自殺者の増加について、命の大切さ、人の生きる力とは、などなど、考えさせられる内容が盛り沢山です。読者のそれぞれの年代で、それぞれに感じられるような気がします。比較的著者の年齢に近い方の私には、そうだよなぁと共感できるところがあちことにありました。若いころ読んでいたらまた違った思いになっていたかもしれません。
たかが草木に着いた一滴のしずくが寄せ集まって川となり、岩や崖にぶつかりながら大河となって海へそそぐ、そして蒸発して再び大地に降り注ぐ。こうした転生を繰り返していく。人生と同じではないか。人間なんてたいしたことことない、たかがあ大河の一滴なんだよ、でも大切な一滴でもあるんだよ、そんな風に訴えているように感じました。
 五木さんの文章は押し付けるところがなく、どこか優しく問いかけるような文章です。色々な世代の人が、その人生の時々において元気をもらえる本ではないかと思います。


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 悲劇を招くというピエロの人形。その人形を購入した十字の形をした屋敷に住む女社長。その屋敷は通称十字屋敷と呼ばれています。すると、購入した女社長が、2階の窓から飛び降り死んでしまう。自殺ということになるが・・・。
十字屋敷には、女社長の一族が住んでおり、複雑な人間関係がありました。その後、女社長の夫とその秘書が殺されてしまう。内部の人間の犯行なのか、外部の人間か。徐々に事件のからくりが解かれていく。最後には、なるほどというような結末になるが、最後の最後にえっというような含みを持った終わり方になっています。
東野さんの比較的初期の作品です。ピエロの存在が大きく、ストーリーにピエロがどうかかわるのかと思いつつ読み進める中、ピエロは、事件のキーになる場面の目撃者的な立場で客観的に語り掛けます。決して事件にかかわるものではありませんでした。でも、非常に効果的です。ミステリー/サスペンスに新しい巧を持ち込もうとしている作品の一つといえるのではないでしょうか。




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 「魔王」と「呼吸」という題材の繋がった物語から構成されています。前半は何事も深く考えるという理屈っぽい性格の安藤兄の生き様、後半は直感的に生きる弟の潤也とその妻の物語で、兄の死後5年後の物語です。
 魔王という題名から、何かものすごい力を持った主人公が出てくるのかと思いながら読み始めましたが、全く想像と異なりました。第二次世界大戦でのイタリアのムッソリーニ、ドイツのヒットラー、群衆はこうした人たちに知らず知らずのうちに先導されてしまいましたが、現代の日本においてもそうしたことが政治的に起こりうる可能性があるのではないか。憲法改正を題材にそんな投げ掛けをしてるように感じました。
 二人の兄弟は、それぞれ特殊な能力を持っていることに気づき、それを活用しようと考えます。兄は死んでしまいましたが、弟はこれから何かしてやろうというところで物語は終わっています。兄が魔王なのか、それともこれから弟が魔王になっていくのか、あるいはカリスマ政治家の犬養なのか、もしかしたらほかに何か別のものが魔王なのか、読者に考えさせるような内容であるとともに、どこかもやもやした感じでした。




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 大学時代のアメリカンフットボール部のチームメイトたち、毎年行われている10回目の飲み会の場面から物語は始まる。それぞれのチームメイトはそれぞれの人生を歩んでいた。QB(クォーターバック)だった西脇哲郎、スポーツライターになっており、マネージャーであった高倉理沙子と結婚していた。新聞記者になった者や大企業に就職した者もいる。そしてもう一人の女子マネージャーだった日浦美月、彼女も結婚して子供を産んでいた。
飲み会終了後、出席していなかった日浦美月が突然現れ、驚くべきカミングアウトがなされる。彼女の心は子供のころから男性だったこと、そして、殺人を犯してしまったこと。ここからいわばチームメイトの友情物語的な話が始まるわけであるが、単なる殺人事件ではないことは想像のとおりです。題名は「片思い」ですが、単なる切ない恋物語ではありません。、この本のテーマは性同一生涯やジェンダーといった心と肉体のアンバランスに悩む人たちの苦悩について問いかけています。後半になるにつれ、次々と明らかになる新事実。殺人事件のミステリー性とアメリカンフットボールのチームメイトたちの友情も相まって、とてもスリリングで、考えさせられる内容でありました。




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 「たゆたえども沈まず」は、ゴッホの生涯を描いた小説ですが、この「ゴッホのあしあと」は帯にあるように、「たゆたえども沈まず」の副読本であり、メーキングオブ、解説本、といってもよいものです。原田マハさんが「たゆたえども沈まず」を書いた背景、ゴッホに対する思いが自身の言葉で語られています。
 アンリ・ルソーを語った「楽園のカンヴァス」、ピカソを語った「暗幕のゲルニカ」を読み、次はゴッホだと思って「たゆたえども沈まず」を手に取りましたが、なぜかもう一冊ゴッホの本があったのでとりあえず2冊とも購入しました。どちらを先に読むかあまり深く考えず、薄いほうの本をさきにとって読み始め、「たゆたえども沈まずの」メーキングオブ(解説本)であることに気づきました。先にこちらから読み始めてよかったと思いました。あとから本編を読んだほうが興味深く読めるだろうと思ったからです。果たして正解だったかどうかは、本編を読み終えてからの感想で述べたいと思います。
 原田マハさんも本書の中に書いていますが、ゴッホは狂気と情熱の画家、という印象を私も持っていましたが、決してそうではないようです。ただ、短く激動の熱い人生であったことは確かのようです。ゴッホの日本への憧れ、弟テオとの関係、浮世絵がいかに影響を当てたかなど大変興味深く読むことができました。本編を読むのが楽しみになりました。
 この本を読んでいる只中に、たまたま原田マハさんがゴッホをテーマとしたテレビ番組に出演しているのを見ました。初めて原田マハさんが話しているところを見たことと、あまりにタイムリーだったのでちょっと感動しました。それから、この本を購入したのが8月7日、初版発行日は8月10日となっています。何気なく購入しましたが、発売ほやほやだったようです。あとがきには今も感染が拡大しているコロナウィルスの話も書かれていました。ちなみに、「たゆたえども沈まず」とはパリを象徴する言葉だそうです。



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 ゴッホ兄弟、ヴィンセントとテオの切ない物語でした。今でこそ高値で取引されるゴッホの絵がなにゆえに生前売れなかったのか、二人の兄弟とはどんな関係にあったのか、そして、明治の初期に、フランスで日本の美術を広めた日本人が存在したことなど、感動しながら読みました。弟テオのサポートあってのヴィンセントであり、二人は固い絆で結ばれた、二人で一人、そんな感じではないかと思います。
 この小説は、史実を元にしたフィクションであり、実在しない人物も登場しています。しかし、ゴッホ兄弟二人の関係、生き様はこの小説に描かれているようなものではなかったかと思います。
中心人物は、弟のテオと日本人画商加納重吉であり、画家ゴッホはやや間接ぎみに描かれています。加納重吉は、実在の人物ではなく原田さんの創作の人物ですが、ゴッホ兄弟との関わりや、実際に実在した日本人画商の林忠正の生き様など実にうまく引き立てていると思います。なお、巻末に膨大な参考資料が掲載されています。この1冊の本を書くのに、これほど多くの情報をもとに制作していることにも驚かされました。




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 ビブリア古書堂の新シリーズです。篠川栞子さんと大輔が結婚し、扉子が生まれ、既に高校生になっていました。今回は横溝正史の本にまつわる話です。話の進行は、高校生になった扉子が、父親である大輔がつけている日記のような、「事件手帖」を読むという形で進められます。ですので、過去について語られていて、扉子が生まれる直前の事件、横溝正史の幻の本「雪割草」にまつわる話と、扉子が小学生のときに友人ができるきっかけとなった「獄門島」、そして最後が、最初の雪割草の事件からから9年後の、その後の「雪割草」にまつわる話。そして最後に扉子の祖母、栞子の母親である篠川千恵子が現れ、微妙な終わり方をする。私は横溝正史の作品は、映画では見たことがありますが、本を読んだことはありません。殺人事件は出てきませんが、横溝正史のミステリーをほうふつとする内容、と言ったら大げさかもしれませんが、面白く読めました。横溝正史シリーズもちょっと読んでみようかなとも思いました。このシリーズ、続きそうですので楽しみです。




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 有名演出家のオーデションに合格した7名が、山荘に集められた。3名が女性で、男性1名以外の6名は同じ劇団に所属している。 山荘に集められた理由は、演出家の先生のアイデアで、題名にあるように、閉ざされた雪の山荘という状況を設定し、4日間を共に過ごし、人が追い込まれた状況においてどんな行動するかという実験的な演劇をするというもの。参加者たちは、不安を抱きつつも、オーディションの続きではないかという思いがあり参加せざるを得ない状況になる。何が起こるかわからない中、1日目の夜中に女性一人が姿を消した。死体はないが、そこにあることにすると書かれた紙が残されていた。7人、いや6人のうちの誰かが演出家の先生から指令を受けた犯人ではないのか、あるいは第三者の仕業なのか。殺人の様子も、リアルに描かれ、演じているとは思えないような描写になっている。 そしてまた一人、殺されたこととして姿を消した。 残されたものたちの間で探り合いがはじまる。参加者全員が役者であり演じることがうまい、どこまでが演技でどこまでが真実なのかが分からない。演出家の先生も何を考えているのか分からない、そういう人らしい。何人殺されるのか、もしかしたら、本当に殺されていて、全員が殺されるのではないかという恐怖が襲う。
ストーリーが進むにつれ、少しづつ、それぞれの登場人物の背負った背景や人間関係が明らかにされていくが、誰が犯人で、どうしてこういう状況になっているのか、最後の最後までなかなかわからない。同じ劇団員ではない男性が、本文中で「独白」という形で思いが語られているが、それでも犯人ではないとは言い切れなかった。ただ、キーマンであることは確かである。
最後の種明かしで全貌が明らかになるが、なるほど、そういうことだったのか、という感じである。
東野作品、古い作品ですが、相変わらず凝った内容で、楽しく読めました。




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 陽だまりの天使とは、人に癒しを与えてくれる犬たちのことです。飼い主と犬の心温まる、あるいは涙、涙の7つの短編集です。我が家でもかつてウェリッシュコーギーを飼った経験があり、16歳というコーギーにしては長寿の生涯を見送っった経験から思わず涙をこらえるよう場面が多々ありました。
第1話、13才の白血病の少女千尋が犬の保護施設で選んだ犬は、誰にも心を許さなかったトイプードル。なぜか千尋には従順でした。そこには何とも言えぬ不思議な理由がありました。第2話、妻が病気で亡くなり、妻が飼い主として育てていたミックス犬シロとの生活がはじまる。あるとき天然記念物のヤマネコの赤ちゃんが迷い込み、シロが面倒を見始める。犬とヤマネコとの生活の中から、妻を亡くした寂しさを振り払い、再スタートをきる物語。第3話、視力を失った作家、里中保のもとに、ラブラドー・レトリーバーの盲導犬ジョーヌがやっくる。保の姉が手配したものである。視力を失ってからかたくなになっていた心をジョーヌが解きほぐしていく。第4話、生まれてすぐ母犬に噛まれ、ゆがんだ顔と脳に障害を持ってしまったバセット・ハウンドのアンジュ、アンジュとはフランス語で天使という意味、見てくれとは違い、まさに天使のようなアンジュが人を癒していく。第5話、腫瘍で前足を切断せざる得なくなったフラットコーテッド・レトリーバーのエマ、前足がなくなったことを感じさせないくらい元気に生活できるようになったが、癌が再発、その切ない結末は涙、涙です。第6話、会社が倒産、妻とも離婚、すべてを失いホームレスになった男が、自殺をしようと思っていたところに、飼い主に捨てられたフレンチブルドッグと出会う。この出会いが男の人生を変えていく感動の物語。第7話、バーニーズ・マウンテン・ドッグ、著者が飼っている犬種とのことで、著者の思いが込められているようです。
どの物語も犬の健気さが伝わってきて、感動ものです。以前犬を飼っていたころのことを思い出しました。




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 驚異的な診断能力を持ち、どんな病気も見抜いてしまう若き天才女医、天久鷹央(あめくたかお)。彼女のもとで研修医として勤務する小鳥遊優(たかなしゆう)を通し不可解な病気や死因について解き明かしていく医療ミステリー。シリーズ本ですが、ここには、二つの医療事件の話が納められています。
 第1話は、ある有名推理作家がアルコール中毒で入院、お酒のない密室ともいえる病室でなぜか酔っぱらっている。鷹央は、その患者に酒を飲ませるという本来あり得ない治療法を行う。どうして酒を飲ませたのか。そこには思いもよらない理由がありました。2話めは、小鳥遊の大学時代の空手部のコーチであったキックボクサーの早坂翔馬が、日本チャンピオンとタイトルマッチを行うということで試合を観戦する。壮絶な試合の結果、逆転で勝利するが、チャンピオンベルトを着けたところで崩れ落ち、応急処置もむなしくなくなってしまう。ところが、死因を調べても、脳や内臓に出血などの異常は見当たらなかった。試合前に、「殺される」と言っていたことが明らかになる、不治の病だったとのではという疑念も湧き上がる。果たして事故死なのかあるいは多くの観客の見つめる中で殺人が行われたのか、はたまた病によって命が絶たれたのか。少し悲しい切ない話です。全体的には喜劇的な内容で、おもしろ医療ミステリーとでもいうような内容でした。



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 キャンバスに絵の具を垂らしたような抽象画の作者、ジャクソン・ポロック。有名な抽象画家なのだそうですが、正直私は知りませんでした。そのポロックの幻の抽象画の原点となる作品「ナンバーゼロ」が、香港で行われるサザビーズのオークションにかけられることになる。その落札を舞台に、題材にもなっている「アノ二ム」のメンバーが本物と贋作のすり替えに挑む。「アノ二ム」とは「作者不詳」の意味で、メンバーはアート会の名だたる人物たち、チーム「アノ二ム」の目的は、“善意の搾取”、詳し説明は省きますが、知りたい方は是非一読を。その「ナンバーゼロ」を何としても落札しようとする大富豪。そして落札額を史上最高額まで吊り上げようとする、サザビーズのオークショニアであり、アノ二ムのメンバーでもある“ネゴ”。クライマックスともいえるオークションでの場面はスリリングさが伝わってきます。そしてすり替えられる贋作を描くことになる香港の高校生の張英才(チョンインチョイ)が、物語りのキーマンになっています。果たしてオークションはどうなるのか、すり替えはうまくいくのか、すり替えた本物はどうなるのか。マハさん得意のアートサスペンスです。




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 マスカレードシリーズ、3作めです。1作めの「マスカレード・ホテル」は、連続殺人事件がホテルで起こるとの推測から、犯人逮捕のためにホテルマンとなって張り込む新田刑事とホテルのフロント係の山岸尚美のコンビが様々な出来事に対応していくサスペンスミステリー。映画化され、木村拓哉と長澤まさみが演じています。2作めの「マスカレード・イブ」は、実は1作めよりも以前の物語で、二人が出会う前のそれぞれの物語、だから”イブ”(前夜)なのでしょう。
そして3作めの「マスカレード・ナイト」は、1作めの事件から数年後、殺人事件の犯人がホテルで行われるカウントダウンパーティーに現れるとの匿名通報があり、今回も前回と同様新田刑事と山岸尚美のコンビが事件解決に活躍します。映画を見たせいで、木村拓哉と長澤まさみのイメージがちらついて仕方ありませんでした。前回のマスカレード・ホテルもいろいろと凝った内容で読み応えがあったのですが、今回も前作以上に実に巧みに構成された内容でした。警察が怪しい顧客をマークするのですが、これは事件とは関係ないだろう、きっと話を面白くするためのものだろうと思っていたことが、意外な形で関係してきたり、そういうことだったのかと思わせるところもありました。個人的にはそれはあり得ないのでは、というのもあったのですが、全体としてはさすが東野さん、という感じで面白く引き付けられました。映画化されたらまた鑑賞したいと思います。



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 NHKの「家族に乾杯」という番組で、笑福亭鶴瓶が訪ねた岐阜のある家が、たまたま池永陽さんの家でした。鶴瓶さんは池永さんを知らなかったようですが、私は、「珈琲屋の人々」を読んでいたので、その偶然に感動しました。そんなこともあって、池永さんの本を見つけた時に思わず購入してしまった次第です。
 東京の下町で診療所を開業する大先生こと真野麟太郎先生、息子の潤一は大学病院の勤務医で時々診療の手伝いにやってくる。そこに、麻世という武道に秀でたわけあり女子高生がいっしょに暮している。麻世は、真野家の家族ではないが、ある事件から麟太郎が引き取った形になっている。下町人情の心地よい人のつながり、診療を通しての切ない物語、ほのぼのとおもしろおかしくもあり、しんみりとしたところもある内容でした。実はこの本はシリーズ2冊めなのですが、1冊目を読んでいなくても何ら問題なく読むことができました。まだシリーズは続きそうです、続編が発刊されたらまた読みたいと思います。




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 先日、テレビで古事記と日本書紀の違いなどを特集した番組が放映されました。とても分かりやすかったです。そんなこともあり、この本を購入してしまいました。
 本の題名は「古事記の神々」となっていますが、日本書紀と古事記の違いから、古事記がどのような目的で編纂され、古事記に登場する神々は何を象徴しているのか、時代背景には何があったのか、などが述べられています。日本書紀は、国として天皇を中心に国の成り立ちを示しているのに対し、古事記は文字が無かった過去の出来事を記録として残したものというイメージです。そのため、日本書紀には、当時の権力者にとって都合悪いことは削除または書き換えられてしまっているが、古事記には、伝承をそのまま残しているところが多い、そんな違いがあるようです。古事記には多く記載されている出雲神話が、日本書紀にはほとんど記載されてないのは、そんな理由からのようです。出雲神話は、ヤマト政権にとって都合が悪い歴史だったということでしょう。日本書紀と古事記の違いについて、少し理解が深まりました。また巻末には、古事記に登場する神々について説明した、「古事記神名辞典」が添付されていて、神社の御祭神につて調べたいときに役立ちます。





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 5編の短編ミステリー小説で構成されています。「探偵倶楽部」とは、会員制の調査機関で、それなりの地位と名声をもった人たちが会員です。5編とも殺人事件に絡んだ内容で、いずれの作品も面白く読むことができました。
「偽装の夜」では、自殺に偽装された社長、密室でだれがどうやって殺したのか、複雑な家族構成の中での登場人物の多さに翻弄されました。
「罠の中」は、3人の男が殺人の計画をしているところから始まります。果たして、不動産業の社長がパーティーの夜、浴槽で死亡した。心臓発作ということだが、どこか不自然な点がある。どんなトリックが使われたのか、真犯人は誰なのか。
「依頼人の娘」は、高校生の美幸がクラブを終えて家に帰ると、茫然とした父がいて、母親が殺されていた。その真相は、通常のミステリーの展開とは逆の展開であったように思います。
「探偵の使い方」では、二組の夫婦の亭主二人が旅行先のホテルで死んでしまいます。それぞれの夫婦の浮気問題に絡んだものですが、一組の夫婦の妻が探偵倶楽部に調査を依頼するのですが、実はその前に殺された亭主が探偵倶楽部に依頼をしていました。真実に対して探偵倶楽部とった最後の行動に意地を感じました。
「薔薇とナイフ」では、大学の教授の二人の娘のうちの一人が妊娠する。父親は誰なのか、探偵倶楽部に依頼する。ところが、妊娠していないほうの娘が殺されてしまう。状況は人違いで殺されたようではあるが実はそうではありませんでした。最後のどんでん返しは意外でした。



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 マハさんの人生経験をベースにしたエッセイに近い物語のようです。
「ハグ」こと波口喜美(はぐちよしみ)と旅友達であり親友でもある「ナガラ」こと長良妙子(ながらたえこ)、30歳過ぎから女性二人旅を始める。二人のやり取り、距離感がとても心地よく、私は男性ですが、こんな親友がいたら楽しいだろうなとうらやましくも感じました。しかし、ふたりともキャリアウーマンで、独身、母親の介護にあたるようになり、二人旅から遠のくようになっていく。それでもいつかはまた旅をしたいと思い続ける。ハグの母親の介護生活は、私も高齢の母親があり、幸いまだ元気でひとり暮らしをしていますが、他人事ではすまされないような感覚になりました。人生の喜びとは何なのか、誰のために生きるのか、いろいろ考えさせられる内容でした。




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 この本は、浮気または不倫がテーマで、そこに殺人事件を絡めてミステリーに仕上げている、といったところでしょうか。
30過ぎのサラリーマン渡部が、ふとしたことで浮気にはまり、家庭も顧みないような不倫へと染まっていく、その過程はとても自然に感じられました。しかし、その相手の女性、秋葉には、15年前に離婚した母親の自殺、父親の愛人であった秘書が自宅で強盗に殺されるという過去がありました。秘書を殺したのは秋葉ではないかとの疑いがあるなか、もうすぐ時効をむかえようとしている。そうした中での渡部と秋葉の密会、なぜかドキドキしてしまいました。そして、時効をむかえたその日、すべてが明らかになります。そういうことだっったのか、という感じです。渡部の友人が、渡部に密会の手助けをするのですが、一方で不倫はよくない、絶対にするなという強力な説得を試みるのですが、渡部は聞き入れませんでした。なぜ、友人がそんなに力説するのかが、最後のおまけで明らかになります。





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 1992年初出版ですので、東野さんの比較的初期の作品です。
最も運動機能の優れた人間といえば、男性なら10種競技、女性なら7種競技の選手ではないでしょうか。そんな運動機能を持った人間が殺人鬼となったら・・・。そんなことを考えて書かれた作品ではないかと想像してしまいました。
 かつて世界的に活躍した4人のスポーツ選手が、ドーピングの発覚を恐れ、証拠隠滅を図り、ドーピングの仕掛け人であった仙道之則(これゆき)を殺してしまう。ところが、仙道は、先進的ドーピング技術によって、7種競技の女性スーパーアスリートを育てている最中で、その並外れた運動機能を持ったスーパーアスリートが、復讐のために想像を超えた行動で4人を追い詰めていくことになる。スーパーアスリートの並外れた運動機能は、陸上競技ではなく、殺人という復讐に使われることになってしまう。なかなか面白い作品でした。最後に、少しだけ考えさせられるところがありました。




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 1994年に単行本で発刊された7作からなる短編集です。
@寝ていた女:自宅住まいの友達にあいびき用に部屋を何度か貸すことになるが、ある朝見知らぬ女性がベッドで寝ていた。いったい誰なのか、単なるあいびきではなく、後ろで糸を引く者がいた。本当の目的は、ちょっとぞっとする話です。
Aもう一度コールしてくれ:野球に青春をかけてきたが、夏の予選敗退後、何をやってもうまくいかず、ついには友人と窃盗にまで手をだしてしまうが、通報されて逃走する羽目に。 逃走途中、逃げ込んだ先は記憶にしみついた住所の家だった。その家の住人は、夏の高校野球予選で、誤審をによって甲子園を断たれてしまった審判の家だった。
B死んだら働けない:休日明け、産業ロボット制作のエンジニアが休憩室で死んでいた。立上げ中のロボットのアームに被害者の血痕がついていたことからロボットの誤動作かと思われたが、前日は、ロボットメーカーの人と一緒だったことが判明する。仕事のやりすぎ要注意、東野さんの会社員時代の経験からの忠告のように感じました。
C甘いはずなのに:3年前、妻が交通事故で亡くなり、再婚を目前に前妻との娘も不慮の事故で死んでしまう。娘は新しい母親になつかず、娘の死因に疑念を持ちながらハワイへ新婚旅行に出かける。そこで判明する娘の死の真相。ちょっと切ない物語でした。
D灯台にて:13年前、腐れ縁の幼馴染の二人が大学時代に東北へ旅に出た時の物語り。普通の旅ではなく、所々で落ち合うという旅のやり方。そこに、いわゆる"灯台守"が絡んだちょっと怖い話です。
E結婚報告:金沢に住む短大で同級生だった女性友達から結婚したとの手紙が届く。 しかし、同封されていた写真には本人と違う女性が映っていた。これはどういうことか、電話したがつながらず、金沢まで確かめに出かけることに。そこには複雑怪奇な事件が起きていました。
Fコスタリカの雨は冷たい:カナダ駐在中の日本人夫婦が、コスタリカへ旅行に出かけ、そこで強盗に襲われ惨々な目に合って何とか帰国する。正直何が言いたいのか分かりかねるところがありますが、"住めば都"と言いたかったのでしょうか。